アクセスカウンタ

zoom RSS テーマ「建築」のブログ記事

みんなの「建築」ブログ


通天閣が国の文化財に

2006/08/16 14:52
「大阪の通天閣、有形文化財の登録申請へ」(朝日 asahi.com)

 今年10月に再建から50年を迎える大阪のシンボル・通天閣を運営する通天閣観光(大阪市浪速区)は、同月末にも文化庁に国の登録有形文化財として登録申請することを決めた。来春にも登録される見通しで、同社は「通天閣が今まで以上に地元に愛される存在になる」と期待している。

 つい最近、東京タワーが有形文化財登録を検討していることが報道されていましたから、ならば通天閣もつづけというところでしょうか。登録有形文化財に指定されるには、建築後50年以上経過していることが文化庁の基準としてあり、昨年(2005年)に名古屋タワー(1954年完成)がタワー型建造物としてははじめて登録されています。現在の通天閣は1956年に再建されていますから、1958年完成の東京タワーよりも先に有形文化財となりそうです。

 名古屋タワーや東京タワーについては、テレビ放送のデジタル化にともなって電波塔としての役割を終えつつあるなかで、観光収入によって今後の生き残りをはかるための有形文化財登録という側面があるのですが、通天閣は建造当初から電波塔ではないただの塔です。大きくて目立つ割には特に役に立たない存在でありながら50年も街のシンボル的な存在として生き残っているところは大阪らしいところです。

 有形文化財に指定されれば通天閣の観光資源としての格は上がりそうですが、塔の胴体に大きく輝いているネオン広告はどうなるのでしょうか。通天閣には1957年から日立のネオン広告が設置されていてもはや一心同体のようなものですが、有形文化財の外観の改修には届出が必要になるため、広告の改装にもなんらかの制限がかかる可能性がありますし、そもそも文化財に特定の企業の広告がでかでかと付いていていいものかという問題があります。それでもネオンがなければ通天閣が通天閣でないようなものですから、有形文化財になってもいまのままの通天閣であってほしいものです。

関連:
「通天閣にいらっしゃい」(ぼすのできごと 05/03/25)
通天閣オフィシャルサイト
「東京タワーを登録文化財に 申請を検討」(東京新聞 06/08/11)

『通天閣―人と街の物語』読売新聞大阪本社社会部

初代通天閣が大阪の空にそびえたのは九十年前。戦時中に火災で焼失し、二代目が再び立ち上がって四十六年。本書は、二代目通天閣創業からの半世紀を検証する。

『タワー―内藤多仲と三塔物語』INAXギャラリー企画委員会

内容(「MARC」データベースより)
まだ今ほど都市が混み合ってなかった時代、天を突くような3つのタワーが生まれた。名古屋テレビ塔、大阪通天閣、そして東京タワー。三都の塔の何が人々を魅了するのか、その生い立ちから現在までを振り返る。

『総覧 登録有形文化財建造物5000』文化庁文化財部

内容(「MARC」データベースより)
商店、銭湯、旅館、駅、ダム、トンネル、橋…。懐かしく、今も使われている身近な文化財5130件の全リストを初公開。600枚に及ぶカラー写真と建造物の履歴、現在の使われ方、所在地等のデータを収録。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


赤く塗る

2006/03/15 14:52
「千鳥ヶ淵に赤いビル、これがイタリア感覚?」(YOMIURI ONLINE)
 東京・千鳥ヶ淵のほとりに立つ赤い壁のビル「イタリア文化会館」をめぐり、地元住民が「皇居周辺の景観と調和しない」などとして、別の色への塗り替えを求めている。

 赤く塗ったのはヴェネチア映画祭でも受賞している宮崎駿監督へのオマージュでしょうか?

 
 奇抜な建築物が景観論争を巻き起こすのは、よくある話で、伝統的な町並みを維持している京都では古くは京都タワー、最近では新・JR京都駅ビルとランドマークになるような建築物ができるごとにもめています。このイタリア文化会館の場合は、所有者がイタリア政府であるために「異文化による侵食」と解釈されかねないこと、また、建築物の形ではなく外壁の色の問題で、塗りなおせば対処できるという点がこれまでの景観論争とは違っていて、経過が注目されます。

 千鳥ヶ淵も皇居や靖国神社、戦没者墓苑に近く、地域住民が景観に敏感になるのは理解できますが、赤は背景の緑に調和しますし、赤いという点では東京タワーもできた当初は違和感があったでしょうが、いまでは東京タワーが赤いことに文句を言う人はいないでしょう。千代田区との事前協議で「漆器の赤」を表現した色合いに変更するなど一定の配慮はなされているようですし、時間が経てば見慣れてくるようにも思えるのですが。

 ただ、こういう問題は当事者と傍観者ではかなり意識にずれがあるもので、部屋の窓から赤い壁面が1年365日ずっと見えているとしたら、落ち着かないものかもしれません。

 今回、環境省へ訴えかけたのは、東京都や千代田区、国土交通省への陳情では芳しい成果がなかったのと、小池環境大臣が同情的だということからでしょうが、ということは、法律や条令で強制的に色を塗り替えることは難しいのでしょう。どうも住民側の旗色が悪そうです。

 イタリア文化会館も両国の友好を深める目的の場所ですから、地域と摩擦があるのは好ましいことではないはずで、当事者間でよく話し合って解決してもらいたいものです。


 宮崎レッドがだめなら、『HANA-BI』でヴェネチア国際映画祭金獅子賞した北野武監督の北野ブルーでとイタリア側が提案してくれると外野としてはさらに面白いのですが。

参考:イタリア文化会館・公式サイト

『まちづくりと景観』 田村 明 (著)

内容(「MARC」データベースより)
日本では、自然の風景の素晴らしさと裏腹に、街並みや都市の景観の多くは美しいとは到底いいがたい。それは、なぜなのか? 賑わいと潤いのある、真に美しい都市の可能性を、内外の具体例を挙げながら考える。

『景観法と景観まちづくり』

内容(「BOOK」データベースより)
景観施策の創造性が試される時代。自治体の役割を中心に課題を整理し、先行34事例をテーマごとに紹介する。

『千と千尋の神隠し (通常版)』

内容紹介スタジオジブリ制作・宮崎駿監督の大ヒット作『千と千尋の神隠し』がついにDVDで登場。

『HANA-BI』

内容(「VIDEO INSIDER JAPAN」データベースより)
ベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した、北野武監督作を再発売。銃で撃たれ、下半身不随となった同僚を見て苦悩する刑事が、余命少ない妻を連れて旅に出る姿を描く。
記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 2


テロの標的

2005/05/09 02:03
「「グラウンド・ゼロ」のシンボル ゼロからやり直し」(産経)
2001年の米中枢同時テロで崩壊した世界貿易センタービルの跡地、通称「グラウンド・ゼロ」の再開発のシンボルとなっていた「フリーダム・タワー(自由の塔)」のデザインが、安全上の理由から白紙に戻された。パタキ・ニューヨーク州知事とブルームバーグ同市長が5日までに明らかにした。

 世界でもっともテロの危険が高い場所ですから、安全には細心の注意が払われているようです。

 ニューヨーク市警察は先月、貿易センターのリース権を持つ開発業者のシルバースタイン氏に、(1)タワーの建設予定地が道路から近すぎてトラックなどを利用した爆弾テロ事件の標的になる恐れが高い(2)独立宣言の年にちなんだ1776フィート(541メートル)の高さなどから再びテロリストのターゲットになる恐れがある−などと、安全上の問題を指摘する報告書を送った。

 この条件だと、道路から離れていて何の工夫もない建造物になるわけで、名だたる建築家にとっても世界一目立たない建築物を設計するのは至難の業でしょう。再開発したところで、かつての世界貿易センタービルのようなアメリカの富を象徴するような存在になってもいけないのですから商業施設としては足かせが多すぎます。いっそのこと、核爆発でも壊れないとてつもない強度のモニュメントを建てて、それを「テロの標的」として世界中のテロリストの目標とすることで他の場所へのテロを防ぐ、スケープゴートの役割を持たせるのはどうでしょうか? 名前は、「ターゲット」、「サンドバッグ」、「JR西日本」なんかが似合いそうです。

きょうの一冊:
『グラウンド・ゼロ 再生への始動 - ニューヨークWTC跡地建築コンペティション選集』

今、世界でもっとも関心を集めているビル再建プロジェクト――1922年のシカゴ・トリビューン・タワーの国際的なデザインコンペ以来もっとも重要視されている建築デザインコンペともいえる――は、ロウアーマンハッタンの世界貿易センター(以下、WTC)跡地再開発プロジェクトだ。このプロジェクトは数多くのデザインにインスピレーションを与え、世界中の建築家を16エーカーの空き地の再開発構想に没頭させた。
記事へブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 1


建築家の死 丹下健三逝く

2005/03/22 18:07
「丹下健三さん死去」(朝日)

 世界的な建築家で、東京五輪や大阪万博など戦後日本の国家的イベントの基幹施設を手がけた文化勲章受章者、丹下健三(たんげ・けんぞう)さんが、22日午前2時8分、心不全のため東京都港区の自宅で死去した。91歳だった。

 建築界の巨星が逝きました。

 広島平和記念館、大阪万博会場、東京都庁、フジテレビ社屋。固有名詞だけでどんな建築物かイメージできる数々の作品群。彼の手がけた鉄筋コンクリート打ちっ放しの建造物は、建築にとどまることなく戦後日本の風景のひとつにすらなっています。

 「タイムスリップグリコ大阪万博編」の解説が本人でなく「丹下都市建築設計」だったので、執筆依頼が来たときにはそれを果たせない状況だったのでしょう。

 大阪万博、お祭り広場の大屋根とそれを突き抜けてそびえ立つ太陽の塔。芸術と建築とのせめぎあいの視覚的表現。あれから35年、日本はいまだ大きな傘の下にいて太陽を直視できていません。

きょうの一冊:
丹下はどのようにして世界のタンゲになったのか
『丹下健三』
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


トップへ | みんなの「建築」ブログ

ぼすのできごと 建築のテーマ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる